ハワイ州弁護士 佐渡山美紀
July 11, 2023
はじめに
米国連邦政府は、2021年1月1日に、国防権限法(National Defense Authorization Act)の下で、2020年マネー・ローンダリング防止法(Anti-Money Laundering Act)の一環として、企業透明化法(Corporate Transparency Act)(以下、「CTA」という)を制定しました。
CTAは、ペーパーカンパニー等を通じて、マネー・ローンダリング、税務詐欺、テロ資金供与その他の違法行為を行う者の取り締まりを支援することを目的としており、広範囲に渡る法人に対し、法人を所有、支配、設立した者を特定する報告書(以下、「報告書」という)を米国財務省金融犯罪捜査網(Department of Treasury’s Financial Crimes Enforcement Network)(以下、「FinCEN」という)に提出することを義務付けます。
CTAは、2024年1月1日より効力を持ち(以下、「施行日」という)、施行日以降、米国で設立、あるいは外国法人として米国で登録(以下、総称して「設立等」という)される法人(以下、「新規法人」という)は直ぐに、また、施行日以前に設立等された法人(以下、「既存法人」という)は2025年1月1日までに、FinCENに報告書を提出しなければなりません。
CTAは、特に、今まで規制されていなかった企業に対し、その所有権を総合的に追跡調査することを狙いとしておりますので、過剰報告の傾向にあります。既存法人、新規法人ともに、コンプライアンスが求められ、また、報告義務やその責任は、法人の所有者・支配者等の個人ではなく、法人自体に課されますので、コンプライアンスの一環として、当該個人に対する取り決め等についても新たに検討される必要がございます。現在、ほぼ休眠状態である既存法人も完全にその要件に該当しない法人は、報告義務の対象となってしまいます。当該休眠状態である既存法人、あるいは報告に問題が生じる可能性がある法人はなるべく早い段階で対策を講じる必要があるでしょう。皆様には、CTAの適用について、適切に対処し、遵守を徹底するよう報告期日に十分先立って準備されることをお勧めいたします。
本覚書は、CTA並びにその後のガイダンスの下での報告要件の概要であり、作成日時点の現行ガイダンスに基づくものです。また、本覚書は、法的助言ではなく、主題の完全な要約でもありません。CTAの報告義務に際し、法的助言やご支援を希望される場合は、別途、お問い合わせいただきますようお願い申し上げます。
CTA報告要件の概要
I. 「報告会社」(Reporting Companies)
基本的に小規模であり、もしくは規制されていない企業が報告書提出義務の対象となります。「報告会社」には、具体的に以下が含まれます。
- 現地法人である報告会社(Domestic Reporting Company):株式会社(corporation)、合同会社(limited liability company (LLC))等、米国州、あるいはワシントンC.、プエルトリコ、グアム等の米国領域、またはインディアン部族(以下、総称して「米国」という)の法律の下で、州務長官(Secretary of State)あるいは類似機関(以下、「登記当局」)に所定書類を提出することによって設立された、あるいは設立される法人のことを指します。
*例えば、ハワイ州の登記当局である商業消費者局(DCCA)に「Articles of Incorporation」を提出したcorporation、または「Articles of Organization」を提出したLLCは、報告会社に該当します。また、ハワイ州の場合は、Corporation、LLCに加え、limited liability partnerships、limited partnerships、general partnershipsが含まれます。 - 外国法人である報告会社(Foreign Reporting Company):米国の法律の下で、登記当局に外国法人として登録した、あるいは登録される米国外で設立された株式会社、合同会社等を指します。
*例えば、ハワイで事業を営むために、日本で設立された株式会社を外国法人としてDCCAに登録された場合は、報告会社に該当します。
II. 「報告会社」に該当しない法人(Exempt Entities)
CTAは、報告義務から免除される法人(以下、「適用除外会社」という)を列挙しており(計23項目)[1]、その中には、大手事業会社、特定子会社、上場会社、休眠法人、政府当局、銀行、信用組合、マネーサービス事業(MSB)、ブローカーディーラー、有価証券報告書発行者、証券取引法下の登録法人、投資会社または投資顧問業者、ベンチャーキャピタル・ファンド顧問業者、保険会社、商品取引法下の登録法人、非課税法人や非営利法人等が含まれます。
上記に加え、特定のプールされた投資ビークル(Pooled Investment Vehicle)は、銀行、信用組合、ブローカーディーラー、連邦法の下に登録された投資顧問業者、ベンチャーキャピタル・ファンド顧問業者等の適用除外会社に運営あるいは助言されていることを前提に、適用除外とされます。但し、適用除外会社に該当するPooled Investment Vehicleが米国で登録された外国法人である場合は、当該法人の実質的支配者の情報をFinCENに報告する必要がございます。
なお、適用除外会社に該当しなくなった法人は、その日より30日以内に報告書を提出する義務があることに留意する必要がございます。(各報告期日に関しては、下記Vをご参照願います。)
III. 報告書に記載するべき個人
A. Beneficial Owner:
以下に該当する個人。FinCENは、各報告会社につき、最低でも1人のBeneficial Ownerの報告を義務付けております。
- 報告会社を実質的に支配する者(Substantial Control):例として以下の者が含まれます。
- 報告会社のPresident、CEO、CFO、COO、General Counsel、または役職を問わず類似役務を執行する者(以下、「Senior Officer」という)。
- Senior Officerあるいは取締役会の過半数を選任・退任させる権限を有する者。
- 報告会社の重要意志決定事項(例:主要資産売却、株券発行、年度予算、Senior Officerの報酬等)について、指示・判断・重大な影響を与える者。
- 直接、間接を問わず、以下に該当する個人(信託契約の受託者も含む)。
- 報告会社の取締役。
- 報告会社の議決権過半数保有者。
- 報告会社への資金提供等による権利保有者。
- 報告会社を実質的にコントロールする仲介事業体の支配者。
- 正式、非公式を問わず、その他の個人やノミニー法人との金銭的関係や事業関係等を通じて報告会社を実質的に支配する者。
- その他契約、関係、手配、手段等により報告会社を実質的に支配する者。
- 直接、間接を問わず、報告会社の持分を25パーセント以上所有する者(Ownership Interests):「Ownership Interests」は、包括的に定義されており、株式やLLCの持分だけではなく、会社設立前発行証書または設立前応募権(preorganization certificate or subscription)、議決権信託証書(voting trust certificate)、証券預託証書(certificate of deposit for security)その他所有権を確立する契約、関係、手配、手段等が含まれます。また、例えば株主と同様の権利を有する債権者もOwnership Interestsを保有しているとみなされます。
- Beneficial Owner除外者:以下に該当する個人は、Beneficial Ownerの定義に含まれません。
- 報告会社が設立等された米国管轄の法律で定義される未成年者。(例えば、未成年者が報告会社の25パーセント以上の株式を有している場合等は、Beneficial Ownerの定義から除外されます)。但し、当該未成年者の親権者の情報は要報告。また、当該未成年者が成人した時点で、当該未成年者に関わる情報を更新しなければなりません。
- Beneficial Owner本人を代理するノミニー、仲介人、管理人(Custodian)または代理人。
- Senior Officerに該当せず、その実質的支配力あるいは経済的利益はあくまでもその雇用状況から派生している報告会社の従業員。
- 報告会社の持分等を将来相続によって受ける権利を有する者。
- 報告会社から債務の支払いを受ける権利のみを有する債権者。
B. Company Applicant(会社設立等申請者):
以下のいずれかに該当する個人。なお、既存法人は、Company Applicantに関する情報を報告する必要はございません。また、Company Applicantの情報を報告する必要がある場合、当初報告された情報が正確でさえあれば、以降、その内容に変更があっても当該情報を更新する必要はございません。
- 法人を設立等するための書類を登記当局に直接提出する者。
- 複数の者が書類提出業務に携わっている場合、主に当該業務を監督し、責任を持つ者。
CTAのガイダンスは、上記の要件について、以下の説明を加えております。
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- 登記当局で設立書類等を処理する従業員はCompany Applicantに該当しません。
- ソフトウェア、オンラインツール、一般的手引き等を通じて設立関連サービスを提供する事業は、Company Applicantに該当しません。但し、当該事業の従業員が個人的に報告会社の設立に関与している場合は、Company Applicantに該当します。
- 弁護士事務所の弁護士の監督の下で、パラリーガルが直接設立書類等を登記当局に提出する場合、当該報告会社は、当該弁護士およびパラリーガルをCompany Applicantsとして報告する必要がございます。
- 個人が弁護士事務所やその他第三者の支援を受けず自身で設立書類等を用意し、直接登記当局に提出する場合、その報告会社のCompany Applicantは当該個人のみとなります。他方、当該個人の親族、代理人等が書類提出をした場合は、当該個人および書類を提出した者が共にCompany Applicantsとなります。
*上記の例により、設立書類等を用意した者と当該書類を登記当局に提出した者が異なる場合、いずれもCompany Applicantに該当し、その者の必要情報をFinCENに報告する義務が発生します。
IV. 報告書内容
報告会社は、会社自体の情報、Beneficial Ownerの情報、並びに新規法人に該当する場合はCompany Applicantの情報(以下、総称して「BOI」[2]という)を含める必要がございます。当該情報には、具体的に以下の事項が含まれます。また、報告会社、Beneficial Ownerの情報に変更があった場合は、タイムリーな更新をする必要がございます。(各報告期日に関しては、下記Vをご参照願います。)
- Beneficial Owner・Company Applicant:姓名、生年月日、現住所(Company Applicantが例えば弁護士等の場合は、事務所の住所を開示)、有効な特定番号(unique identifying number)入り写真付き身分証明書。
Beneficial Owner・Company Applicantに該当する者が上記情報を報告会社に開示したくない場合、あるいは複数の報告会社のBeneficial Owner・Company Applicantである場合は、予めFinCEN番号(FinCEN Identifier)を取得し、上記情報の代わりに当該FinCEN番号を報告会社に提供し、報告に含めていただくことができます。但し、FinCEN番号保持者は、以下の義務がございます。- FinCEN番号を取得する際、開示した情報に変更が生じた場合は、当該変更後30日以内に登録された情報を更新すること。
- 開示した情報が不正確であった場合、当該事実を知ってから30日以内に訂正すること。なお、直接、間接を問わず、報告会社のOwnership Interestを所有している者が適用除外会社であり、ある個人が当該適用除外会社のOwnership Interestを所有しているが故に、報告会社のBeneficial Ownerに該当してしまう場合は、当該個人の情報ではなく、適用除外会社の名称のみを開示することができます。他方、当該個人が適用除外会社に加え、適用除外会社でない法人を通じても報告会社のOwnership Interestを所有している場合、あるいは報告会社のBeneficial Ownerである場合は、上記例外対応は適用されません。
- Reporting Company:法人名、商号(正式な登記・登録の有無を問わず)、住所[3]、法人の設立等米国管轄区域、納税者番号[4]。
V. 報告期日
報告書は、FinCENのウェブサイトより、オンラインで提出することになります。
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- 初回報告期日:
- 既存法人である報告会社:2025年1月1日。
- 新規法人である報告会社:下記のうち早い方の日付から30日以内。
- 実際に、設立等手続き完了の通知を受理した日付。
- 登記当局が、登録された設立等の書類をウェブサイトでアクセス可能とするなどの方法により、設立等手続きの完了を公開した日付。
- 適用除外会社に該当しなくなった場合:その日より30日以内。
- 報告書内容に変更、あるいは不正確な情報が含まれていた場合の更新・訂正期限:
- 変更の場合:変更日から30日以内。
- 不正確な情報が含まれていた場合:報告会社がその事実を知った、あるいは知るべきであった時点から30日以内。なお、Company Applicant情報に関し、上記1は適用されない一方、不正確情報が含まれていた場合はCompany Applicantの訂正情報を提出する必要がございます。
- 初回報告期日:
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VI. アクセス[5]
FinCENは、届出された報告書を安全なプライベート・データベース(Beneficial Ownership Secure System (BOSS))にて保管・管理します。また、正当なリクエストがあれば、以下にBOIを提供することができます。
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- 法執行、国家安全保障・諜報活動に従事する連邦政府機関(当該活動の促進のため)。
- 州、地方、部族の法執行機関(管轄裁判所からの承認を得た刑事調査または民事調査のため)。
- 外国法執行機関、あるいは外国検察官・裁判官を代理する連邦政府機関。
- 顧客デューデリジェンス要件の対象とされる金融機関(当該要件遵守促進のため)、およびそれらの規制当局。但し、報告会社の承諾が必要。
- (税務担当を含む)特定の米国財務省の担当の役員と従業員(税務処理のため)。
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VII. 罰則、セーフ・ハーバー
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- 罰則:以下の場合、民事罰および刑事罰の対象となります。
- 故意にBOIを偽り、または偽ろうとした場合、もしくは完全な報告書の提出、あるいはBOIの更新を怠った場合、連邦政府に対し違反が継続している期間$500/日の民事罰、並びに最高$10,000の罰金、及び又は最長2年間の懲役。
- BOIの不正開示あるいは不正利用の場合は、連邦政府に対し違反が継続している期間$500/日の民事罰、並びに最高$250,000の罰金、及び又は最長5年間の懲役。刑事罰に関しては、12ヶ月間の間に$100,000を超過する複数の違法行為を犯し、且つその他の米国法を違反している場合は、最高$500,000の罰金、及び又は最長10年間の懲役。
- セーフ・ハーバー:報告会社が報告書に不正確情報が含まれている事実を知ってから30日以内に当該情報を訂正した場合、罰則は免除されます。但し、以下の場合は、セーフ・ハーバーは適用されません。
- 報告書を提出してから90日以上経過してしまった場合。
- 報告義務を回避するために、意図的に不正確な情報を含めた場合。
- 報告書を提出した者がその事実を予め知っていた場合。
- 罰則:以下の場合、民事罰および刑事罰の対象となります。
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まとめ
CTAは、米国で事業を展開している既存法人、及びこれから展開することを考えている新規法人に対し、その所有権を全面的に洗い出すことを目的とし、新たな報告義務を課します。これまで非公開であった法人もその所有者・支配者、設立者に関する情報を提供しなければなりません。また、報告義務が法人自体に向けられるため、当該個人の特定、了承等が必要になってくるでしょう。米国に設立等されていながらほぼ休眠状態である既存法人も放っておけば、報告義務の対象となってしまう可能性がございます。CTAの期日が迫っている中、その適用に適切に対処・遵守できるようなるべく早めに準備を進められることを推奨いたします。
ここでは、CTAの報告要件の概要を説明させていただきました。CTAに関し、詳しい精査や法的助言その他のご支援が必要であれば、まずはお気軽にご相談願います。
- [1] 個人事業主、特定信託等、一般的に登記当局への所定書類の提出により設立されない事業体は、報告会社の範疇外と言えるものの、明示的に除外される法人の一覧には含まれておりません。
- [2] BOI 」は、「Beneficial Owner Information」の省略。
- [3] 米国に本店所在地がある報告会社は、その住所。その他の報告会社は、米国内の主要営業所の住所。(P.O. Box、第三者の住所(例:設立を支援する弁護士事務所の住所)はNG。)
- [4] 米国納税者番号を取得していないForeign Reporting Companyは、母国の税務申告番号、並びに発行国を要開示。
- [5] FinCENは、最終的アクセス規則を施行日までに発行する予定であり、ガイダンスの最終版はまだ発行されておりません。
July 2023
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